2012年09月03日

9月1日「福島第一原発作業員の証言」講演に行ってきました。

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9月1日に大牟田市で開催された講演会
「福島第一原発 原発作業員の証言!〜原発事故は起こるべくして起こった〜」
に行ってきました。
走り書きではありますが、内容をまとめてみました。

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【講演1】
今年2月に行われた福島第一原発事故調査団の報告
大牟田市議・平山光子氏

日 程:2012年2月1日〜3日
行 程:飯舘村〜南相馬市〜浪江村〜双葉町〜大熊町〜
    〜富岡町〜楢葉町〜広野町〜いわき市
参加者:社民党自治体議員団福岡による福島第一原発事故調査団 17名

▼平山氏のホームページでの報告(写真はこちらで見られます)
http://www.mitsuko-hirayama.net/new2012.2.1%20fkusima%20.htm

福島駅到着
・福島駅前の空間線量0.617μSv/h

飯舘村
・『までいの力』の村はいま…。
 「までい」とは、福島県北部で使われる「ていねい」「じっくり」という意味の方言。
 大量生産、大量消費の生活を見直し、スローライフの“村づくり”を進めてきた
 飯舘村のキーワードでもある。

南相馬市
・桜井市長に震災当時の話を聞く。桜井市長『今も陸の孤島です』
・マスク、手袋、ビニール合羽の装備に変えてマイクロバスへ。

浪江村〜双葉町
・車窓から見える風景は3月11日のまま。壊れた建物や漁船がそのままになっている。
・福島第一原発に近づいていく。バスの車内では線量計のアラームが鳴り続く。

大熊町
・町役場前。人影はない。
・50人以上が亡くなった双葉病院(原発から4km)、
 機能しなかったオフサイトセンター(原発から5km)を車窓から見る。

富岡町
・原発建設に反対してこられた石丸小四郎氏の自宅へ。(車外へ出る)
 小屋前の空間線量80〜100μSv/h
・車窓から第二原発の煙突が見えた。何かの工事をしている様子を見て
 バスの中では『この状況でもまだ第二を再稼働する気か』と憤りの声が。

楢葉町〜広野町
・二つの町にまたがる広大なJビレッジ。
 11面の芝フィールドを持つこの施設が東電の事故対応の拠点となっている。
 視察団もここでマスクや合羽を脱ぎ、放射線被曝の測定を受けた。
 こういったものや作業員の防護服なども使用後はすべて放射性廃棄物として
 積み上げて管理している。移動中のバスからもその様子が見えた。(膨大な量だ)

いわき市
・仮設住宅を訪問。自治体によって仮設住宅の作りはさまざまだが、
 こちらは木造で温かみがある。住民から話を聞いた。

◎平山氏より
『福島県を訪問して、あらためて、取り返しのつかない事故が起こったこと、
 そして、多くの困難が、厚く・重たく福島県を中心とする東北地方の人々を、
 子どもたちの未来を、日本国民全体を覆っていることを思い知らされた』

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【講演2】
原発作業員の証言〜真実と悲しみと怒り〜
大熊町の住民を考える会
代表 坂上義博氏


▼マスコミも報道しない不安と恐怖の3月12日の実態

3月11日、町内のほとんどのインフラが崩壊、5〜10分おきに余震がある。
3月12日、7時過ぎに消防団がきて『原発が危ないそうだから公民館へ』と言われた。
津波で行方がわからない人もいて心配だったので、原発のことはあまり気にしていなかった。
8時過ぎにまた『原発が危ないから避難するように』と話があるが、誰も本当のことを知らない。
町長も役場の人も詳しいことを知らなかった。
住民の中には「夜中の2時頃からバスが集まっていた」という話をする人もいた。
9時頃、区長から「原発が危ないのでバスで避難する」と話があり、言われるがままバスでの避難。
小雪が降る中、着の身着のままだった。運転手も役場の人も行き先を知らないまま、約1万人が移動。
バスには子どもとお年寄りから先に乗せたのだが、行き先がバラバラで携帯も通じなかったため、
長い間連絡がとれず不安だった人もいる。
坂上氏の隣の夫婦はバスが新潟まで行ってしまい、その後なかなか連絡できなかった。

〈町内の主婦の話〉
午前中にバスが行ってから次のがなかなか来ず、公民館で待たされていた。
17時頃に防護服を着た自衛隊が到着。自衛隊のバスで移動。
23時頃に旅館に着いたが女将から「放射能検査をしていないと受け入れできない」と言われ
一旦、自衛隊の拠点へ行き検査を受ける。終わって再び旅館に着いたのは夜中の2時頃。
毛布をもらって旅館のロビーで休憩。ここまで飲まず食わずだった。
翌日、自衛隊が迎えに来て廃校の体育館へ移動。おにぎり1個とウーロン茶をもらう。
「一週間くらいで帰れるから」と言われたが、結局そのまま仮設住宅へ。

緊急時の対応拠点として設置されていたはずの大熊町オフサイトセンターでは、
町民よりも先に全員が逃げていた。町民は何も知らされていなかった。


▼マスコミも報道しない強制立ち入り禁止の実態

12日午後、1号機の水素爆発があったため20km圏内が強制避難区域に。
津波で行方不明になった人たちの捜索も中断された。
13日、行方不明の身内を捜そうとしたら途中から防護服を着た人たちに立ち入りを止められた。
原発事故さえなければ、助けられた人もいるはず。
14日、坂上氏の知り合い2人が「警戒の薄い近くの山まで行って見てくる」と言ってでかけた。
その後戻ってきたが、青ざめた顔でビデオカメラをよこしたので映像を見ると
ガレキに挟まれた遺体をカラスがつついていた。
原発事故さえなければ…。


▼見捨てられた老人介護施設の実態

〈双葉病院の看護師の話〉
※坂上氏は双葉病院をよくご存知で院長とも知り合いとのこと。
痴呆症などの専門の介護老人ホームで当時350人が入居。
70%が寝たきりか車いす。
3月11日の午後に停電。12日の昼まではなんとかしのいだ。
その後、自力で歩行できる人はいわき市の施設へ移動。
1号機が爆発。全員避難することになったが避難用の車が来ない。
時々、通る警察車輌にお願いするが「いま連絡している」としか言われない。
夕方バスが来るが寝たきりの人や車いすは乗れず、約70人が取り残された。
食事も用意できない、治療もできない中で6人が亡くなった。
14日、自衛隊が来て患者を搬送することになったが、受け入れ先がわからず
長時間トラックに乗っていた。トラックの中でも5〜6人が亡くなった。
最終的には52人が亡くなっている。
院長は「ご家族にどうお詫びしたら…」と。


▼事実をひた隠しにしてウソ八百の政府と保安院と東電の発表
 (メルトダウン、スピーディー)

枝野…12日の1号機爆発について
「それほど心配いりません」
 →3時36分、1号機爆発。福島の人たちはテレビで見た。
「爆発はまだしていない」

保安院の班目…いい加減な発表ばかり
「3日も寝てないので間違ったかもしれない」
東電から毎年160万円もらっている。

東電の松本…大熊町には一度も来ていない。

日本政府の対応
11日夜のメルトダウンについて何も言わなかった。
スピーディーの発表は1ヶ月後。
12日の早朝にはアメリカ、韓国は大使館を通じて自国民へ80km圏外退避を勧告。
一方、日本は「10km圏内は避難した方がいいです」
2万4千人は何も知らずに線量の高いところへ避難させられ被曝している。


▼使用済み燃料1500本の4号機の恐怖

理工系の仕事はわからないが、原発の内部・外部の塗装を仕事にしてきたので
耐久性や建築のことならわかる。
1号機から4号機までは最悪の状態になっている。

〈4号機のこと〉
燃料プールがむき出しになっている。
使用済み燃料棒が1,350本、未使用の燃料棒が150本。
使用済み燃料棒は水中から出れば10分以内に核分裂が始まる。
人間が近くにいれば10分で危篤状態になってしまうだろう。
今年、細野(環境相)がマスコミに公開し「補強したから大丈夫」と言ったが
説明したのは東電、専門家は誰もいなかった。
7月の半ばに未使用の燃料棒を試験的に取り出した。
60人で1日かけて1本。来年の12月から取り出す予定だがちゃんとできるのか。
プールには海水やガレキも入っている。
地震や台風がきて何かが起こったら300km以内には人が住めなくなる。
1号機〜3号機にも燃料がある。


▼人類史上経験のない原子力発電所の爆発、廃炉までの道のり

いったいどうするつもりなのか。史上まぎれもない事故の被害。
4号機の炉はカラッポなので30年くらいで更地にできるだろう。
1〜3号機はメルトスルーしているので手がつけられない。
時々ロボットで中を調べているがわからない。何100tものガレキ。


▼原発の立地町、大熊町民に一回も謝罪に来ない東京電力の社長と会長

東京電力の社長も会長も一度も謝りにこない。
会津若松に1,200世帯が移動して仮設住宅に住んでいるが、
新社長も会長も来ていない。
勝俣は他人事のような記者会見。賠償金も払わない。
「空気中に飛散した放射性物質は誰のものでもないから」といって
支払いに応じない。


▼東電は見舞金も出さず、本払い金から仮払い金を天引き…

補償金は1世帯あたり100万円、8月には精神的慰謝料として
1人につき30万円が支払われた。但し、これは仮払い金。
※坂上氏の家庭はお二人なので160万円。
その後、10月に精神的損害賠償金として
1人1月10万円が本払いされることになった。
昨年3月から今年3月で一人120万円。
※坂上氏は2人で240万円。ここから仮払い金を返却する。
今年4月に9万4千円振り込まれた。その後は月10万円。

仮設に移住した際、家電6点セットは支給されたが
家具や衣類、布団などは自費。
東電は「衣類は領収書があれば払う。レシートは不可」
見舞金は出ていない。


▼どこのマスコミも報道しない、原発の建設費用と廃炉費用

日立の人と話した。
「原発1基の建設には、条件によるが4〜4年半、3,000〜4,000億円かかる。
 廃炉は別問題。まだ一つも廃炉にしたことがない。7,000億円くらいだろう」
専門家は
「廃炉には約30年、7兆円くらい。
 但し、これは正常運転していたものを止めた場合。
 爆発事故の場合は予測不可能」


▼日本に現在50基、使用済み燃料の後始末は?

一口に放射性物質と言ってもいろいろあり、除染の仕方も違う。
水で流すのは汚染を移動するだけ。土をはいでも移動だけ。
セシウムだけでも半減期は30年。
北から南まで、何万本もある使用済み核燃料はどうするのか。
各電力会社でも決まっていない。
テレビでは70歳くらいの学者が「地下300mに埋めるといい」と言っていたが
子孫のことは考えていないのか?


▼プルサーマル発電、MOX燃料、プルトニウムの恐怖

猛毒のプルトニウムは半減期が約3万年。消えるまでには約30万年。
福島第一原発の3号機にはこのプルトニウム(MOX)が使われていた。
福島の前知事はMOX使用に反対していたが、新知事になったら使われた。
5ヶ月目に事故が起きた。内部を調べようとしても機械が壊れて測定できない。


▼絆って何だろう。頑張ろうって何を頑張ればいい?

「絆」って何ですか。知ってる人がいたら教えてください。
慰めの言葉はいりません。
「頑張ろう」って言われるけど何を頑張るのかわからない。

※坂上氏のお母様は昨年4月、避難中に亡くなった。
避難中で葬儀もできず、火葬のみ。お骨を持って仮設住宅を転々とした。
8月で2回目のお盆を迎えた。

一番困っていることは個人情報の保護で連絡先を調べることが難しく、
親戚にも連絡がとれない。

自殺者が絶えない。孤独死もある。


▼2012年8月現在の大熊町の実態

今年の7月21日と22日にNHKのカメラマンと記者2名を大熊町へ案内した。
どこの家も庭先は草が茂っていて、田んぼや畑も荒れていた。
JR常磐線の線路は真っ赤にサビついていた。
どこでも24〜28μSv/hくらい。
20頭くらいの野生化した牛がいて子牛もいた。人はいない。


▼誰も言わない最悪のシナリオ

収束作業の作業員にベテランがいなくなっている。
年間20ミリSvを超えると作業ができない。
線量計に鉛のカバーをして線量をごまかす会社もあった。
末端の作業員の半数は素人。そのためトラブル続きである。
今後、作業をする人がいるのか。
4号機だけでも30年、1〜3号機はまだわからない。

野田も細野も勉強しろ。
原発の利益より(事故時の)廃炉のリスクが高い。
台風や地震で冷却水が漏れだしている。


▼原発は必要?いらない?個々人が考えて判断を

環境省の「エネルギー・環境の選択肢に関する意見聴取会」が
8月1日に福島でもあったが、大熊町の住民には会のお知らせもなかった。
たまたま知り合いから聞いたが、役場の人も知らなかった。
福島では全員が0%支持だった。
8月4日に福岡でもあったと思う。
原発が必要なのか、いらないのかは自分で考えて判断を。


▼福島原子力発電所の立地町民、大熊町の住民として
 声を大にして言いたいこと

私たちは、原発周辺でまじめに働き、耕し、家族の団らんを味わい、
子ども達の未来の希望を夢に見て、貧しいながらも楽しい日々を送ってきた
普通の人間です。
しかし、原発事故により、もう二度と帰ってこない命がたくさん奪われました。
また、助けられたであろう津波被害者を、後髪をひかれる思いで、
泣く泣く残してきたことは、悔やんでも悔やみきれません。
元気に社会復帰できた人も多々いたと思います。

政府も東電も原発を「絶対安全」と言い張り、
原子力発電所が地球規模で類を見ない4基も爆発した。
しかし、都合の悪い情報はひたすら隠し相双地区はもとより、
日本全土に甚大な被害をもたらした、その責任は政府と東電にあります。
私たちは、政府と東電に、命を返せ、家族を返せ、故郷を返せ、
健康を返せ、仕事を返せと言いたい。


▼質疑応答より

◎原発の作業について
…指導してるのはメーカー。誰が収束させるのかわからない。

◎作業員の現在の健康状態について
…200ミリ〜1,000ミリ被曝している作業員がほとんど。
 がおって(体調が悪くて)フラフラしている。
 吉田所長は後半は防護服も着ないで、今はがんになっている。

◎子どもの健康状態について
…避難した子どもの80%で健康診断があった。3ヶ月に一度診断している。
 大熊町は子どもの検査をしていない。

※私事で質疑応答の途中で退出しましたので、ここまでになります。
 もうしわけありません。

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『私は普通の農家のおじさんです』
そう自己紹介された坂上さん。
柔らかい話し方、優しい声、温かい人柄を感じさせる独特の方言で
淡々と話されていましたが、語られる壮絶な内容とともに、
坂上さんの怒りや悲しみがものすごく胸に響いてきました。
「どうするんでしょうか」
「どうしたらいいんでしょうか」
「どう思いますか」
繰り返される疑問の言葉。東電や政府に、なぜ届かないのか…。

坂上さんは「大熊町の住民を考える会」の代表で、事態打開のために
国や行政に対して、様々な対策を求める取り組みをされています。
その会の「人間らしい生活再建の宣言」の締めくくりの文章を
転載させていただきます。

「私たちの要求は、国と東電に徹底的に責任を果たさせ、
 二度とこういう苦しみを全国民に味わわせないようにするための
 正義の要求です。力を合わせお互いに励ましあっていきましょう」


※講演会の内容については、簡潔にまとめるため、話の順序が入れ替わっている部分もあります。
 なるべく坂上氏が話された通りにまとめたつもりですが、間違い等ありましたらご指摘ください。
 数値等に関しては、実際のデータも確認しつつ、坂上氏の発言を優先しました。

posted by たむたむ at 01:19| Comment(4) | 報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
詳しいまとめを書いてくださって有難うございます。
お疲れ様です。

質疑応答で少し補足します。


◎原発の補修工事について
・・・古くなって厚みが薄くなった配管に、パテをぬって厚みを補修した。煙害でひび割れたコンクリート壁もパテなどで簡単な補修。だから施設は津波ではなく、地震で壊れたのだと思う。原発で働いたたくさんの住人は、いろいろ知っているが、それを声高に言うと東電が困るだろうと、口をつぐんでいる。福島に限らず古い原発は同様な補修をしていることと思う。

◎情報はどのように得たか
・・・事故前は毎年、東電やら行政やらで綿密な避難訓練があったのに、3・11で事故になったら、いっさい情報はこなかった。もし原発事故が起きたら、TV新聞など見ないで、何も見ないで、すぐ逃げたほうがよい。逃げてから様子をみて安全だったら、その時戻ればいい。

Posted by オームターン at 2012年09月03日 20:44
オームターン様

わあ〜ありがとうございます!知りたかったので助かりました。
補修の話、怖いですね…。
最近になって言われている「津波ではなく地震で壊れた」ということの
裏付けになりそうな話ですね。
講演会は、なかなか知ることのできない現地の方、現場の方の貴重なお話を聞けて
本当に良い機会だったと思いました。
Posted by たむたむ at 2012年09月03日 22:57
先の書き込みの中でタイプミスありました。

>煙害でひび割れた・・・

「煙害」ではなく「塩害」です。
Posted by オームターン at 2012年09月04日 12:21
オームターン様

ご丁寧にありがとうございます!
Posted by たむたむ at 2012年09月05日 02:23
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