2013年04月08日

4月6日 相馬高校放送局作品上映会に行ってきました

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「今 伝えたいこと(仮)」他
福島・相馬高校放送局作品上映&トーク・交流会

2013年4月4日〜6日
(4/4長崎・4/5水俣・4/6熊本)

【主催】相馬高校放送局九州招聘実行委員会
    http://soumahigh9syu.wordpress.com/
    熊本大学 石原明子准教授(紛争解決/平和構築学)

【ゲスト】福島県立相馬高校放送局顧問 渡部義弘先生
     制作、出演の放送局部員2名

【熊本でのプログラム】
◎下記作品の上映
◎参加者を小グループに分け、感想やゲストへの質問を話し合うワークショップ
◎ゲストと学生スタッフによるトーク交流会&質疑応答

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『みなみ風吹く日』
(若松丈太郎「北緯37度25分の風とカナリア」より)

1970年代から原発に対して警鐘を鳴らしてきた詩人・若松丈太郎氏の
「みなみ風吹く日」の朗読。
(この詩は連作で、1は1992年、2は2008年に書かれている)

 岸づたいに吹く
 南からの風がここちよい
 沖あいに波を待つサーファーたちの頭が見えかくれしている
 福島県原町市北泉海岸
 福島第一原子力発電所から北へ二十五キロ
 チェルノブイリ事故直後に住民十三万五千人が避難したエリアの内側
  ・
  ・
 世界の音は絶え
 すべて世はこともなし
 あるいは
 来るべきものをわれわれは視ているか

※この詩を掲載しているサイトは多いので、検索してぜひ全文を読んでください。
↓こちらはそのひとつ
■ほくと未来ネットワーク
 http://mirainet.exblog.jp/14901310/
 「みなみ風吹く日」原発から30キロの場所に住む人の詩

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『our(un)ordinary』
2011年6月制作(テレビドキュメント・8分)

「私たちの非日常な日常」をテーマに、震災・事故後の福島の風景を撮影し、
その状況下での学校生活を紹介。震災当時のことを生徒や先生にインタビューした映像も。

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『大塚稲荷神社 神楽』

震災後に復活した大塚稲荷神社の神楽の様子を撮影して紹介。

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『緊急時避難準備不要区域より』
2011年6月制作(ラジオドキュメント・7分)

放送局部員が自身の母親と祖母にインタビューして制作した音声作品。
原発から20kmの南相馬市。緊急時避難準備区域から外されたこの地域は
2011年6月時点で空間線量0.6μSv/h(※)が観測されている。
ガイガーカウンターのアラームが鳴り続ける。
「ここは他より線量が低いから大丈夫」

家庭菜園が趣味だという祖母へのインタビューより
「若い人、子どもたちが心配」
「自主避難したって自分のお金だから…」
「畑を作ってもいいと言われても信じられない。
 心配で作る気がしない。何を信じたらいいのか。内部被曝なども…」
「大丈夫と一方的に言われるので避難できない」

母親へのインタビューより
「安全と言われてるために翻弄されている。
 これで何年か後に子どもの病気が増えてきて
 そこで(本当に安全だったかが)わかる」

心から国を信じられればいいのに。
人生80年と考える方が間違っている。
私には今を生きることしかできない。

※チェルノブイリの現在の立入禁止区域入り口の線量が0.23μSv/h。
 0.25以上は原発施設の中でも厳重な管理区域となる。

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『(non)fiction』
2012年6月制作(ラジオドラマ・8分)

震災発生からの様子を、教室内を舞台に展開する音声ドラマ。
生徒や先生のやりとりがリアリティを持って伝わってくる。
国や電力会社の対応、御用学者と言われる電力会社側の専門家の当時の発言などもあり、
原発事故の混乱の様子や国の無策ぶりが浮き彫りにされている。
ラストのセリフからは日本国内の他の原発の安全性に対する疑問を投げかけられる。

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『Girl’s Life in Soma』
2012年8月制作(テレビドキュメント・8分)

震災以降の相馬高校の生徒たちの心の動きを描くドキュメント。
相馬市内のモニタリングポストの線量のカットインが
彼らが置かれている状況を静かに伝えている。
馬陵公園0.4μSv/h。
その中で生きる高校生たちが何を感じ、どう考えているか。

「放射能なんて怖くない。
 本当は怖いけど、怖くない。
 差別なんかされてらんない。
 差別されても負けない。
 何が何でも楽しく生きてやる。
 だって、女子高校生だもん。」

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『今 伝えたいこと(仮)』
2012年初演(演劇作品DVD)

〈あらすじ〉
東日本大震災から1年。
放課後、仲良し女子高生三人組の麻希、望美、桜がいつものように雑談に興じる。
否応なしに出て来るのが震災と原発の話題。
そこには、今を生きる女子高生の本音が表れる。
下校時間になり、教室にたった一人残った望美が言う。
「福島か、放射能か、こんなの嫌になっちゃうよ」
望美はその夜自殺する。
明るく振る舞っていたのに、なぜ?
次第に明らかになる、それぞれが置かれている環境、そして深層心理。
震災後1年を経ても、みんな腫れ物にさわるように、
お互いの被災状況に触れずに過ごしてきたのだった。
麻希は、望美が警戒区域から転校してきたこと、津波で家族を全員亡くしたこと、
酪農家に引き取られたことを知る。
さらには、ネットに書き込まれていた差別的発言も。
「原発ある福島県民は放射能まみれワロター」
「マジ福島とか被害者ぶってんじゃねーよ」
「放射能の海に閉じ込めておけ、こっち来んな」…

〈放送局部員による解説〉
・タイトルの(仮)は、伝えたいことが変わっていくという思いからつけた。
・自分たちが震災にあったのは中学の卒業式のとき。
 そのため入学時は高校の制服が準備できず生徒たちは中学の制服を着ていた。
・震災のことは禁句になっていた。演劇のために生徒同士で震災のことを話した。
 みんな思っていることが実はたくさんあった。
・実体験をもとに脚本を書いた。
・本当は未来へとか絆とか明るい終わりにするつもりだったが、
 自分たちがおかれている状況が良くないのでハッピーエンドにしたら
 この話はここで終わってしまうと思ったので、いまの終わり方になった。

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▼上映会中の発言で印象に残ったもの▼

石原明子准教授
「若松丈太郎氏は『原発と言うとわかりにくくなる、これは核による災害』と仰っていた」
「水俣と同じことが起ころうとしているという危惧がある」
「(被災地の人と話したときのことで)
 支援する、支援されるという言葉は嫌いだと言われた。『友だちだよな』と言われた。
 被災地の人たちに対して『隣人(となりびと)』でいられるか、ということと
 向き合わされている」

渡部義弘先生
「自分は福島ではずっとマスクをしている。
 山下(※)が福島に関わっている限り、リスク管理は自分でしなければならない。
 意思表示としてマスクをつけている」
 ※長崎大学大学院教授・福島県立医科大学副学長の山下俊一のこと。
  福島県放射線健康リスク管理アドバイザーを務めているが
  「放射能は笑っている人にはきません」など問題発言が多く、
  電力会社や国のために都合のよいことを言う「御用学者」といわれている。

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▼トーク交流会・質疑応答▼

Q 福島県での反応はどうでしたか?

A 大人が言えないことを言ってくれて嬉しかったという意見がありました。

Q 会場にいる人も同じだと思いますが、私たちができること、
  何か私たちにしてほしいと思うことはありますか?

A 同じ福島県でも状況がすごく違います。
  何を求めていいのかもわからないような現状を伝えることしかできないのかな…と。
  そういうことを知っていただくというか…。
  多くの人が実際に被災地に来ていただいてると思いますが
  まだ来たことのない方は福島にきて他の人のことも聞いてもらえたら…。

Q 高校生にあまり見せていないということですが、それは意図的にですか?

A 「一緒に考えようよ」という気持ちはありますが…。
  (上映会をやってきて)自分の周りにも伝えた方がいいのかと思い始めました。

  渡部先生:松坂市の教育委員会から話をもらって上映会をすることになりました。

Q 作品を作るときは震災のことを振り返らないといけないと思いますが
  作り終わって心境の変化などはありましたか?

A 達成感とともに、自分はまだ「非日常」の中にいるんだなと思いました。
  何も解決できてないということに気づけました。

Q 自分たちが暮らしている場所は汚染されているという事実をどう受け止めていますか?

A (情報がなく)わからないときはパニックになっていました。
  逃げているときには情報統制があって、わかっていたのに隠されたことで小さい子が被曝したり…。
  全てのことに原因があって、それを考えることが大事だと言われました。
  小さい子などが犠牲になるのはイヤだなと思います。

Q タイトルに(仮)とついていますが、今は何を伝えたいですか?
  移住することについてはどう考えていますか?

A これからのことを心配しています。
  いまここにいる方や上映会に来てくださった方は肯定的に見てくれますが
  私は実際にネットの誹謗中傷にあいました。自分の考えも甘かったと思いました。
  (移住の質問に対して)これから高校を卒業して福島以外の土地に行ったときに
  世間の冷たさに直面すると思います。その時に私はどうなるのかと思います。

  渡部先生:批判はあるだろうと思っていました。
       その人の話と分けていかなくてはいけない。
       公に発言したら反応があるものだと生徒に話しました。

Q 九州での3日間の感想はどうでしたか?

A 日本のこれからの課題がみえてきたかもと思いました。
  水俣も長崎の原爆も過去じゃなくて、いままだある問題。
  自分で未来を作っていく努力をして日本を良い方向にしたい。
  九州に来て、メッセージを伝えているけど自分はまだ未熟です。
  自分の周りも変えていきたい。九州に来てよかったと思います。

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ここまでが上映会の内容です。

上映作品の内容、特に『今 伝えたいこと(仮)』については
生徒さんたちの「作品が一人歩きしてほしくない」という考えを考慮し、
公表されているあらすじと当日の解説、一部のセリフのみ掲載しました。
また、生徒さんの発言も個人で分けることはしませんでした。

上映会の感想としては、その内容の凄まじさはもちろんですが
それ以上に生徒さんたちの、原発や放射能汚染に対する受け止め方が印象的でした。
「作品には皮肉も含まれてる」と仰っていましたが、諦観でもなく納得でもなく
怒りや悲しみもちゃんと入っているんですが、あまりにも「キチンと受け止めている」感じがして…。
不安な状況の中で一生懸命に生きている、そういう潔さを感じました。

ワークショップで私は4人の女性と話しました。
年代はさまざまで、そのうちのお一人は関東から移住してこられた方でした。
それぞれに感想を述べたあと、福島の被災者の移住や避難の話になり、
「汚染の状況や放射能の影響を本当にわかっている上で住み続けるのか」
「移住のことはどう思っているのか」という疑問が出てきました。
関東から移住されてきた方は、放射能の影響による奇形児を実際に目にされていて
「とにかく汚染地域から離れなければ」と心配されていました。
一方で、移住や避難が個人の裁量に任されていることが何より間違っているという話題になり
国や行政の責任をあらためて考えさせられました。
いまの状況で、九州にいる私たちは何をしたらいいのか、何ができるのか。
これまでにも考えてきたことですが、やはりこれが問題なんだなあと思いました。

その後、トーク交流会と質疑応答になったのですが、相馬高校の生徒さんは質問に対して、
とても丁寧に、言葉を選んで答えているように見えました。
震災からの多くの体験が彼らをそういう風に成長させているのかなと思い、
「しっかりしているな」と感心する気持ちとともに、若い彼らに重荷を背負わせていることに
大人の一人として申し訳ない気持ちにもなりました。
誹謗中傷を受けた話の際、生徒さんから「自分の認識が甘かった」という発言があり、
「福島の被災地の人間であるということに甘えていたと思う」と言われました。
こういうことを彼らのような若い人に言わせてはいけないと思いました。

作品の中でもですが「今を生きるしかない」と彼らは言っています。
でも本当は未来を夢見たいはずです。
それを出来るようにするのは大人の役目です。

 『今 伝えたいこと(仮)』より

 誰かお願いです!私たちの話を聞いてください!
 子どもの訴えを無視しないでください!!
 今ある現状を忘れないでください!!・・・

震災と原発事故から2年。
世間では「風化させてはいけない」といいながら、
放射能についてだけは国と電力会社とマスコミの力で風化させられてきました。
その犠牲になっているのはこういう若い人たちです。
原発事故や放射能のことを話せない、みんなで考えることもできない、
表面では何事もないかのようにしていても不安を抱えている…
この現状をどうにかできないのでしょうか。
また、相馬高校放送局の作品群にはもう一つのメッセージとして
「安全な場所なんてどこにもない」があると思います。
日本で原発を動かそうとする限り、第二第三の福島原発事故はありえるのです。
私たちはもっともっとこの問題を考えて、自分のこととして取り組んでいかないと
いけないのではないでしょうか。


※映像作品や交流会の内容・発言については簡潔にまとめています。
 うまくメモが取れていない部分もあり、本当はもっともっと響いてくるものがありました。
 機会があればぜひ上映会等に足を運んでいただいて、彼らの声を聞いてほしいと思います。

posted by たむたむ at 22:08| Comment(4) | TrackBack(0) | 報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月30日

【報告】第3回「らぶっちゃ☆お勉強の会」

9月29日に開催した「第3回らぶっちゃ☆お勉強の会」のご報告です。

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【配布資料】
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【PDFデータ】
0929.pdf


場所:大牟田市中央区公民館 研修室
時間:13時30分〜16時

今回は自作のフリップを用意して説明をしながら進めました。
項目は以下のものでした。

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1 原発の原理
2 福島第一原発で起きた事故と現在の状況
3 電力会社と政府、マスコミについて
4 放射能について
5 内部被曝について
6 汚染の状況
7 放射能汚染の影響
8 ガレキの広域処理について
9 これからどうしたらいいのか

各項目毎に質問や意見交換の時間をとり、フリップの説明後は
参加者同士でのフリートークをしました。

配布資料は最近のニュースや気になる話題を短めにまとめたものです。

参加人数は8人。
初めての方もいらっしゃいましたし、
以前の勉強会に参加してくださってた方が来てくださってました。

用意したフリップがA3サイズで、机の広さに対してやはり小さかったかも。
見づらかった方もいらっしゃると思います…申し訳ありませんでした。
そして説明もあまり上手くできず…重ねて、本当に申し訳ありませんっ。

意見交換では、テレビや新聞で情報が流れないので知らない人がまだまだ多いこと、
食べ物の汚染や気をつけなければならないことなどが出ました。
また、北九州でのがれき焼却の影響の話も出ました。

今回は意見交換の時間以外にも参加者の方とお話しできましたが
それぞれに抱えていらっしゃる事情や気にされていることをお聞きしました。
私もそうですが、放射能や原発の問題が単純に社会的な問題でなく、
それぞれの個人に、生活から健康、気持ちに関わることまで
さまざまな問題を抱えさせているのだなと感じました。

原発と放射能の問題はまだまだ続きます。
まずは自分にできること、そして少しずつでも周りに伝えていくこと。
がんばらなければ、と思いました。

参加してくださった皆様、お疲れさまでした。
ありがとうございました☆


アンケートからのご意見
◎九州でも一人一人が勉強して、これからの社会に対応していかなければ
 と思っています。(30代 男性)
◎北九州の件があるので(+吸い込みによる被曝など)今まで以上に
 食に気を使うしかなさそうですね。これが何年も続くのかと考えると
 気が重くなります。(50代 女性)
◎放射能の恐ろしさがよくわかりました。食生活やその他いろいろ
 注意しないといけないと思うようになりました。(70代 女性)
◎正しい情報を収集する大切さがわかった。(60代 女性)
◎放射能に関して良い勉強になりました。人ごととしないで、
 もっと良く勉強してみたいと思いました。
 食材に関しても気をつけたい。(60代 女性)
◎これまでは何も考えずにいろんな物を食べていましたが、
 これからは気をつけて考え方を変えていこうと思っています。
 (30代 女性)


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今回初の試み☆お子様コーナー設置
一緒に来られたお子様が遊べるように画用紙や折り紙、シール等ご用意しました。
楽しんでいただけた…かな(^^;)


posted by たむたむ at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月03日

9月1日「福島第一原発作業員の証言」講演に行ってきました。

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9月1日に大牟田市で開催された講演会
「福島第一原発 原発作業員の証言!〜原発事故は起こるべくして起こった〜」
に行ってきました。
走り書きではありますが、内容をまとめてみました。

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【講演1】
今年2月に行われた福島第一原発事故調査団の報告
大牟田市議・平山光子氏

日 程:2012年2月1日〜3日
行 程:飯舘村〜南相馬市〜浪江村〜双葉町〜大熊町〜
    〜富岡町〜楢葉町〜広野町〜いわき市
参加者:社民党自治体議員団福岡による福島第一原発事故調査団 17名

▼平山氏のホームページでの報告(写真はこちらで見られます)
http://www.mitsuko-hirayama.net/new2012.2.1%20fkusima%20.htm

福島駅到着
・福島駅前の空間線量0.617μSv/h

飯舘村
・『までいの力』の村はいま…。
 「までい」とは、福島県北部で使われる「ていねい」「じっくり」という意味の方言。
 大量生産、大量消費の生活を見直し、スローライフの“村づくり”を進めてきた
 飯舘村のキーワードでもある。

南相馬市
・桜井市長に震災当時の話を聞く。桜井市長『今も陸の孤島です』
・マスク、手袋、ビニール合羽の装備に変えてマイクロバスへ。

浪江村〜双葉町
・車窓から見える風景は3月11日のまま。壊れた建物や漁船がそのままになっている。
・福島第一原発に近づいていく。バスの車内では線量計のアラームが鳴り続く。

大熊町
・町役場前。人影はない。
・50人以上が亡くなった双葉病院(原発から4km)、
 機能しなかったオフサイトセンター(原発から5km)を車窓から見る。

富岡町
・原発建設に反対してこられた石丸小四郎氏の自宅へ。(車外へ出る)
 小屋前の空間線量80〜100μSv/h
・車窓から第二原発の煙突が見えた。何かの工事をしている様子を見て
 バスの中では『この状況でもまだ第二を再稼働する気か』と憤りの声が。

楢葉町〜広野町
・二つの町にまたがる広大なJビレッジ。
 11面の芝フィールドを持つこの施設が東電の事故対応の拠点となっている。
 視察団もここでマスクや合羽を脱ぎ、放射線被曝の測定を受けた。
 こういったものや作業員の防護服なども使用後はすべて放射性廃棄物として
 積み上げて管理している。移動中のバスからもその様子が見えた。(膨大な量だ)

いわき市
・仮設住宅を訪問。自治体によって仮設住宅の作りはさまざまだが、
 こちらは木造で温かみがある。住民から話を聞いた。

◎平山氏より
『福島県を訪問して、あらためて、取り返しのつかない事故が起こったこと、
 そして、多くの困難が、厚く・重たく福島県を中心とする東北地方の人々を、
 子どもたちの未来を、日本国民全体を覆っていることを思い知らされた』

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【講演2】
原発作業員の証言〜真実と悲しみと怒り〜
大熊町の住民を考える会
代表 坂上義博氏


▼マスコミも報道しない不安と恐怖の3月12日の実態

3月11日、町内のほとんどのインフラが崩壊、5〜10分おきに余震がある。
3月12日、7時過ぎに消防団がきて『原発が危ないそうだから公民館へ』と言われた。
津波で行方がわからない人もいて心配だったので、原発のことはあまり気にしていなかった。
8時過ぎにまた『原発が危ないから避難するように』と話があるが、誰も本当のことを知らない。
町長も役場の人も詳しいことを知らなかった。
住民の中には「夜中の2時頃からバスが集まっていた」という話をする人もいた。
9時頃、区長から「原発が危ないのでバスで避難する」と話があり、言われるがままバスでの避難。
小雪が降る中、着の身着のままだった。運転手も役場の人も行き先を知らないまま、約1万人が移動。
バスには子どもとお年寄りから先に乗せたのだが、行き先がバラバラで携帯も通じなかったため、
長い間連絡がとれず不安だった人もいる。
坂上氏の隣の夫婦はバスが新潟まで行ってしまい、その後なかなか連絡できなかった。

〈町内の主婦の話〉
午前中にバスが行ってから次のがなかなか来ず、公民館で待たされていた。
17時頃に防護服を着た自衛隊が到着。自衛隊のバスで移動。
23時頃に旅館に着いたが女将から「放射能検査をしていないと受け入れできない」と言われ
一旦、自衛隊の拠点へ行き検査を受ける。終わって再び旅館に着いたのは夜中の2時頃。
毛布をもらって旅館のロビーで休憩。ここまで飲まず食わずだった。
翌日、自衛隊が迎えに来て廃校の体育館へ移動。おにぎり1個とウーロン茶をもらう。
「一週間くらいで帰れるから」と言われたが、結局そのまま仮設住宅へ。

緊急時の対応拠点として設置されていたはずの大熊町オフサイトセンターでは、
町民よりも先に全員が逃げていた。町民は何も知らされていなかった。


▼マスコミも報道しない強制立ち入り禁止の実態

12日午後、1号機の水素爆発があったため20km圏内が強制避難区域に。
津波で行方不明になった人たちの捜索も中断された。
13日、行方不明の身内を捜そうとしたら途中から防護服を着た人たちに立ち入りを止められた。
原発事故さえなければ、助けられた人もいるはず。
14日、坂上氏の知り合い2人が「警戒の薄い近くの山まで行って見てくる」と言ってでかけた。
その後戻ってきたが、青ざめた顔でビデオカメラをよこしたので映像を見ると
ガレキに挟まれた遺体をカラスがつついていた。
原発事故さえなければ…。


▼見捨てられた老人介護施設の実態

〈双葉病院の看護師の話〉
※坂上氏は双葉病院をよくご存知で院長とも知り合いとのこと。
痴呆症などの専門の介護老人ホームで当時350人が入居。
70%が寝たきりか車いす。
3月11日の午後に停電。12日の昼まではなんとかしのいだ。
その後、自力で歩行できる人はいわき市の施設へ移動。
1号機が爆発。全員避難することになったが避難用の車が来ない。
時々、通る警察車輌にお願いするが「いま連絡している」としか言われない。
夕方バスが来るが寝たきりの人や車いすは乗れず、約70人が取り残された。
食事も用意できない、治療もできない中で6人が亡くなった。
14日、自衛隊が来て患者を搬送することになったが、受け入れ先がわからず
長時間トラックに乗っていた。トラックの中でも5〜6人が亡くなった。
最終的には52人が亡くなっている。
院長は「ご家族にどうお詫びしたら…」と。


▼事実をひた隠しにしてウソ八百の政府と保安院と東電の発表
 (メルトダウン、スピーディー)

枝野…12日の1号機爆発について
「それほど心配いりません」
 →3時36分、1号機爆発。福島の人たちはテレビで見た。
「爆発はまだしていない」

保安院の班目…いい加減な発表ばかり
「3日も寝てないので間違ったかもしれない」
東電から毎年160万円もらっている。

東電の松本…大熊町には一度も来ていない。

日本政府の対応
11日夜のメルトダウンについて何も言わなかった。
スピーディーの発表は1ヶ月後。
12日の早朝にはアメリカ、韓国は大使館を通じて自国民へ80km圏外退避を勧告。
一方、日本は「10km圏内は避難した方がいいです」
2万4千人は何も知らずに線量の高いところへ避難させられ被曝している。


▼使用済み燃料1500本の4号機の恐怖

理工系の仕事はわからないが、原発の内部・外部の塗装を仕事にしてきたので
耐久性や建築のことならわかる。
1号機から4号機までは最悪の状態になっている。

〈4号機のこと〉
燃料プールがむき出しになっている。
使用済み燃料棒が1,350本、未使用の燃料棒が150本。
使用済み燃料棒は水中から出れば10分以内に核分裂が始まる。
人間が近くにいれば10分で危篤状態になってしまうだろう。
今年、細野(環境相)がマスコミに公開し「補強したから大丈夫」と言ったが
説明したのは東電、専門家は誰もいなかった。
7月の半ばに未使用の燃料棒を試験的に取り出した。
60人で1日かけて1本。来年の12月から取り出す予定だがちゃんとできるのか。
プールには海水やガレキも入っている。
地震や台風がきて何かが起こったら300km以内には人が住めなくなる。
1号機〜3号機にも燃料がある。


▼人類史上経験のない原子力発電所の爆発、廃炉までの道のり

いったいどうするつもりなのか。史上まぎれもない事故の被害。
4号機の炉はカラッポなので30年くらいで更地にできるだろう。
1〜3号機はメルトスルーしているので手がつけられない。
時々ロボットで中を調べているがわからない。何100tものガレキ。


▼原発の立地町、大熊町民に一回も謝罪に来ない東京電力の社長と会長

東京電力の社長も会長も一度も謝りにこない。
会津若松に1,200世帯が移動して仮設住宅に住んでいるが、
新社長も会長も来ていない。
勝俣は他人事のような記者会見。賠償金も払わない。
「空気中に飛散した放射性物質は誰のものでもないから」といって
支払いに応じない。


▼東電は見舞金も出さず、本払い金から仮払い金を天引き…

補償金は1世帯あたり100万円、8月には精神的慰謝料として
1人につき30万円が支払われた。但し、これは仮払い金。
※坂上氏の家庭はお二人なので160万円。
その後、10月に精神的損害賠償金として
1人1月10万円が本払いされることになった。
昨年3月から今年3月で一人120万円。
※坂上氏は2人で240万円。ここから仮払い金を返却する。
今年4月に9万4千円振り込まれた。その後は月10万円。

仮設に移住した際、家電6点セットは支給されたが
家具や衣類、布団などは自費。
東電は「衣類は領収書があれば払う。レシートは不可」
見舞金は出ていない。


▼どこのマスコミも報道しない、原発の建設費用と廃炉費用

日立の人と話した。
「原発1基の建設には、条件によるが4〜4年半、3,000〜4,000億円かかる。
 廃炉は別問題。まだ一つも廃炉にしたことがない。7,000億円くらいだろう」
専門家は
「廃炉には約30年、7兆円くらい。
 但し、これは正常運転していたものを止めた場合。
 爆発事故の場合は予測不可能」


▼日本に現在50基、使用済み燃料の後始末は?

一口に放射性物質と言ってもいろいろあり、除染の仕方も違う。
水で流すのは汚染を移動するだけ。土をはいでも移動だけ。
セシウムだけでも半減期は30年。
北から南まで、何万本もある使用済み核燃料はどうするのか。
各電力会社でも決まっていない。
テレビでは70歳くらいの学者が「地下300mに埋めるといい」と言っていたが
子孫のことは考えていないのか?


▼プルサーマル発電、MOX燃料、プルトニウムの恐怖

猛毒のプルトニウムは半減期が約3万年。消えるまでには約30万年。
福島第一原発の3号機にはこのプルトニウム(MOX)が使われていた。
福島の前知事はMOX使用に反対していたが、新知事になったら使われた。
5ヶ月目に事故が起きた。内部を調べようとしても機械が壊れて測定できない。


▼絆って何だろう。頑張ろうって何を頑張ればいい?

「絆」って何ですか。知ってる人がいたら教えてください。
慰めの言葉はいりません。
「頑張ろう」って言われるけど何を頑張るのかわからない。

※坂上氏のお母様は昨年4月、避難中に亡くなった。
避難中で葬儀もできず、火葬のみ。お骨を持って仮設住宅を転々とした。
8月で2回目のお盆を迎えた。

一番困っていることは個人情報の保護で連絡先を調べることが難しく、
親戚にも連絡がとれない。

自殺者が絶えない。孤独死もある。


▼2012年8月現在の大熊町の実態

今年の7月21日と22日にNHKのカメラマンと記者2名を大熊町へ案内した。
どこの家も庭先は草が茂っていて、田んぼや畑も荒れていた。
JR常磐線の線路は真っ赤にサビついていた。
どこでも24〜28μSv/hくらい。
20頭くらいの野生化した牛がいて子牛もいた。人はいない。


▼誰も言わない最悪のシナリオ

収束作業の作業員にベテランがいなくなっている。
年間20ミリSvを超えると作業ができない。
線量計に鉛のカバーをして線量をごまかす会社もあった。
末端の作業員の半数は素人。そのためトラブル続きである。
今後、作業をする人がいるのか。
4号機だけでも30年、1〜3号機はまだわからない。

野田も細野も勉強しろ。
原発の利益より(事故時の)廃炉のリスクが高い。
台風や地震で冷却水が漏れだしている。


▼原発は必要?いらない?個々人が考えて判断を

環境省の「エネルギー・環境の選択肢に関する意見聴取会」が
8月1日に福島でもあったが、大熊町の住民には会のお知らせもなかった。
たまたま知り合いから聞いたが、役場の人も知らなかった。
福島では全員が0%支持だった。
8月4日に福岡でもあったと思う。
原発が必要なのか、いらないのかは自分で考えて判断を。


▼福島原子力発電所の立地町民、大熊町の住民として
 声を大にして言いたいこと

私たちは、原発周辺でまじめに働き、耕し、家族の団らんを味わい、
子ども達の未来の希望を夢に見て、貧しいながらも楽しい日々を送ってきた
普通の人間です。
しかし、原発事故により、もう二度と帰ってこない命がたくさん奪われました。
また、助けられたであろう津波被害者を、後髪をひかれる思いで、
泣く泣く残してきたことは、悔やんでも悔やみきれません。
元気に社会復帰できた人も多々いたと思います。

政府も東電も原発を「絶対安全」と言い張り、
原子力発電所が地球規模で類を見ない4基も爆発した。
しかし、都合の悪い情報はひたすら隠し相双地区はもとより、
日本全土に甚大な被害をもたらした、その責任は政府と東電にあります。
私たちは、政府と東電に、命を返せ、家族を返せ、故郷を返せ、
健康を返せ、仕事を返せと言いたい。


▼質疑応答より

◎原発の作業について
…指導してるのはメーカー。誰が収束させるのかわからない。

◎作業員の現在の健康状態について
…200ミリ〜1,000ミリ被曝している作業員がほとんど。
 がおって(体調が悪くて)フラフラしている。
 吉田所長は後半は防護服も着ないで、今はがんになっている。

◎子どもの健康状態について
…避難した子どもの80%で健康診断があった。3ヶ月に一度診断している。
 大熊町は子どもの検査をしていない。

※私事で質疑応答の途中で退出しましたので、ここまでになります。
 もうしわけありません。

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『私は普通の農家のおじさんです』
そう自己紹介された坂上さん。
柔らかい話し方、優しい声、温かい人柄を感じさせる独特の方言で
淡々と話されていましたが、語られる壮絶な内容とともに、
坂上さんの怒りや悲しみがものすごく胸に響いてきました。
「どうするんでしょうか」
「どうしたらいいんでしょうか」
「どう思いますか」
繰り返される疑問の言葉。東電や政府に、なぜ届かないのか…。

坂上さんは「大熊町の住民を考える会」の代表で、事態打開のために
国や行政に対して、様々な対策を求める取り組みをされています。
その会の「人間らしい生活再建の宣言」の締めくくりの文章を
転載させていただきます。

「私たちの要求は、国と東電に徹底的に責任を果たさせ、
 二度とこういう苦しみを全国民に味わわせないようにするための
 正義の要求です。力を合わせお互いに励ましあっていきましょう」


※講演会の内容については、簡潔にまとめるため、話の順序が入れ替わっている部分もあります。
 なるべく坂上氏が話された通りにまとめたつもりですが、間違い等ありましたらご指摘ください。
 数値等に関しては、実際のデータも確認しつつ、坂上氏の発言を優先しました。

posted by たむたむ at 01:19| Comment(4) | 報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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